おしり な しおり れべる 3(前)

作  竹海 楼蘭

 小学校に入ってから、早くも三ヶ月あまり、鬱陶しい季節もついに終焉を迎えようとしていました。
 今年の梅雨は例年よりも長いらしく、じめじめした空気と晴れ間の少ない空は、七月半ばに差し掛かっても相変わらず続いています。
 朝から雨で迎えた、今日は一学期の終業式。夏休みがそこまでやってきているというのに、その前日が大雨とあっては、さぞかし生徒もがっかりだったことでしょう。
 一年三組の、ただ一人を除いては――。

 梅雨明け宣言がニュースで流れたのも、つい今朝になってのことで、性質の悪い梅雨前線が最後に一花咲かせようと思ったのかどうか、午後に入ってからというもの、雨はより勢いを増していました。
 各地で警報やら注意報やらを発令させた集中豪雨のせいで、交通機関への影響も出まくりといった感じでしたが、傘と長靴にレインコートといった重装備でお兄さんのお部屋に“戻っている”栞ちゃんからすれば、晴天も雨天もさほど違いはなかったのでした。
 だって、今日は恒例の水曜日――加えて、明日からは夏休みですし、お父さんは出張先で、お母さんは公演先でこの雨に祟られたとあって、今日中に帰ってこられないことが確定しているのですから。
「ぴっちぴっち ちゃっぷちゃっぷ らんらんらん♪」
 くるくると傘を回して、爪先で水飛沫を上げながら、お歌を口ずさんでいる栞ちゃんったら、ずいぶんとご機嫌のようです。
 もうおわかりでしょう?
 お兄さんのお部屋に向かうのは、これが二回目――だから、“戻っている”なのです。
 一回目のエッチの後でご両親の話をしたところ、『じゃあ、今日はお泊まりするかい?』なんて言われたものですから、栞ちゃんのはしゃぎっぷりもわかるというもの。
 いったんお家に戻って、あれこれとお泊りの仕度をしてくるつもりが、裸でいることのほうが多そうだしと、ずいぶんと勝手知ったる栞ちゃん、ビニールの手提げには、歯ブラシセットとブラシ、それに着替え一式くらいしか入れてきていません。
 さすがと言いましょうか、あれまあと言いましょうか、何はともあれ、今夜はどびっきりの夜になりそうじゃありませんか。


『来週もお楽しみにねっ♪』
 いつもの水曜日だったら、お兄さんのお部屋から帰ってきて、お家の居間で見ているはずのアニメ番組を、こうしてお兄さんと一緒に見られただけで、特別な時間を過ごせているような気分になるのが不思議でした。
 ベッドに並んで腰かけて、麦茶のグラス片手にテレビ鑑賞だなんて、これまで一度もしたことがなかっただけに、ちょっとしたお兄さんの仕草や声にもどきどきしてしまいます。
 次回予告が終わって、スポンサーのテロップが流れても、お兄さんに寄りかかったままでいる栞ちゃんったら、あれだけハードなエッチをしておきながら、見ていて初々しいことこの上ありません。
「まだまだ夜は長いってのに、栞ってばずいぶんせっかちだね」
 体を離したとき、ものすごく残念そうなお顔をしたことに気づいたのでしょう、ははっとおかしそうに笑いながらも、前髪を掻き上げておでこにキスしてくれたお兄さんでした。
 いつエッチに雪崩れ込んでもおかしくはない雰囲気に、お互い遠慮する必要なんてないことを知っていますから、期待はどんどん高まるばかり――だったのですが。
 不測の事態というのは、いつでもどこでも起こりうるもので、いざワンピースのボタンを外されるにあたって、
く〜っ……きゅるきゅるきゅる……。
 なんて、可愛らしい音がどこからともなく。
 いえ、出所は間違いなく栞ちゃんのおなかからだったのですが、しばらくお顔を見合わせて、頬っぺたから耳までが真っ赤に染まる過程を経て、
「あっはっは!」
 ついさっきまでのロマンチックなムードはどこへやら、おなかを抱えて笑うお兄さんの前で、ものすごくしゅんとなってしまった栞ちゃんでした。
「じゃあ、晩ご飯にしようか。作るのと食べに行くの、どっちがいい?」
 そう言われても、まともにお兄さんのお顔を見ることのできない栞ちゃん、お兄さんの見ている前でおしっこやうんちをしてみせるより、状況的には恥ずかしくてたまらないといったご様子。
 今日は終業式だったため、午前中で学校は終わりでしたから、お昼ご飯抜きでお兄さんのお部屋へとやってきた栞ちゃん、そのぶんだけ念入りに可愛がられたのはよしとしても、結果がこれでは、ねえ?
「……ごめん、笑いすぎたね。でも、ちゃんと食べないと、この後が大変だよ?」
 しゃがみ込んで目線を合わせてきたお兄さんの、何やら意味深な台詞に、ようやく頷き返すことができた栞ちゃんです。
「この雨だし、何か作って食べたほうがよさそうだね。――栞も手伝ってよ」
「うん、お手伝いする」
 グラスを手に立ち上がったお兄さんの後に続いて、ボタンをかけ直しはじめた栞ちゃんに、急に立ち止まって振り返ったお兄さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「栞には下ごしらえのほうを頼むから、ちゃんと仕度しなくちゃね」
 言うが早いが、さっさとワンピースを脱がせにかかったのでした。
 何が何やら、慣れた手つきであっという間にパンツまで脱がされてしまった栞ちゃん、手渡された大きめのエプロンと、このすっぽんぽんの状態と、お手伝いでする下ごしらえの関連性がまったくといっていいほど掴めず、目を白黒させるばかり。
 お兄さんが言うところの“長い夜”は、こうして幕を開けたのでした。

 一人暮らしにしては大きめな冷蔵庫のドアを開けると、出てくるわ出てくるわ、いったいどこに収まっていたんだろうと思うくらいの食材の数々に、裸エプロンでいることの居心地の悪さも忘れて、びっくり仰天の栞ちゃんです。
「いいって言ってるのに、実家から送りつけてくるんだよね。ま、おかげで不自由はしてないけど」
 栞ちゃんのお家のお庭にも家庭菜園がありますが、お兄さんの実家は本格的な農業も営んでいるようで、次々に取り出されてくる中でも野菜が目立ちました。
 キャベツにレタス、たまねぎにきゅうり、なすにプチトマト、ねぎ、人参、ごぼう、大根、じゃがいも……いずれもスーパーで売っているものと比べて大ぶりで、冷蔵庫に入れられていたにしてもみずみずしさは満点といったところでしょうか。
「栞は好き嫌いある?」
 さすがに全部は食べきれませんから、その中からあれこれと見繕っているお兄さんに訊かれて、ちょっぴり考え込んだ風の栞ちゃん、
「レバーとお刺身……あ――」
 小学生が典型的に苦手としている食べ物の名前を挙げて、そこで口を噤んでしまったのは、まさか食べさせられるのではと用心したからなのでしょう。
 けれど、大半の野菜を冷蔵庫に戻しているお兄さんは、特にそんな陰謀を張り巡らせているわけでもなく、思い出したかのようにマヨネーズを取り出すと、にっと笑って振り返ったのでした。
「レバーは僕もかな。お刺身はさすがに手が出せないから、安心していいよ」
 意地悪なときと同じ笑顔に、一瞬だけ身構えてしまったものの、何もないと知ってほっと一安心――したのも束の間のこと。
「じゃあ、さっき言った通り下ごしらえしてもらおうかな。――はい、お尻こっち向けて」
 え? と訊き返すつもりが、くるっと体を後ろ向きにされたことで、タイミングを逸してしまった栞ちゃん、下ごしらえとお尻がどう結びつくのか、この段階になってもわかっていないようです。
 そのまま、なし崩し的に四つん這いの体勢をとらされて、お尻を後ろに突き出す格好となった栞ちゃんですが、お昼から午後にかけていっぱい可愛がってもらったお尻の穴は、じっとしていてもぽっかりと口を開けて、呼吸に合わせて閉じたり開いたり。
「だいぶ広がってきたね。……ほら、指三本がくちゃくちゃって入ってく」
 いつの間に準備していたのか、オリーブオイルを指に垂らしながらの挿入ですから、ほとんど抵抗もなく指を飲み込んだお尻です。
にゅちゃ……くぷちゅ……にゅちゅぷ……。
「あっ……ふぁ……」
 ゆっくりと指を前後させると、そのたびに甘い声を漏らす栞ちゃんのお尻は、オリーブオイルのおかげでぬるぬるのつやつやもいいところで、早くも指三本の大きさに馴染んだのか、鮮やかなピンク色をした直腸壁さえ垣間見ることができました。
「野菜は油と相性がいいって知ってる? ……こうして馴染ませておくとね、栄養もちゃんと吸収できるってわけさ」
 と、まずは細身の茹でアスパラをお尻の穴に入れてきたお兄さん、なるほど下ごしらえとはよく言ったものです。
「やぁ……だめぇ……」
 他のものならいざ知らず、食べ物をお尻に入れられるなんて、まさか夢にも思わなかった栞ちゃん、腰を引こうにも、すっかり力が抜けてしまっています。
「だめじゃないだろ? ちゃんと綺麗にしてきたって言ったの、栞じゃなかった?」
 確かに、念には念を入れて、いったんお家に帰ったときにシャワーとイチジクのW浣腸を済ませてきてはいますが、それとこれとは話が違うような――。
 言葉尻の抵抗では何ら効果はなく、かといってこのまま続けるのもためらわれて、さてどうしようかと困惑顔の栞ちゃんでしたが、お尻の穴からおなかにかけての言いようのないもどかしさは、より太くて長いものを求めていたこともまた、事実だったのでした。

 そんなですから、流されるままにアスパラの下ごしらえをお手伝いすることになって、お次はきゅうりの番になっても、お尻が気持ちいいほうを選んでしまったようです。
「僕のほうで料理するから、栞はいっぱいぬるぬるにしてから渡してくれる?」
「うん……っくぅ……いっぱい……ぬるぬるにぃ……するぅ……」
 包丁を手にまな板と向かい合ったお兄さんに言われて、自分で下ごしらえをしなくてはならなくなった栞ちゃんですが、この様子からすれば、心配する必要もないみたいです。
にゅぽ……にゅぽ……にゅぽ……。
「きゅうりさん……いっぱい……ぬるぬるぅって……」
 四つん這いのまま、後ろ手にきゅうりを出し入れさせては、たっぷりとオリーブオイルにまみれさせて、お兄さんへと。
 次に選んだのは、一回り太めのズッキーニで、きゅうりよりもごつごつしていたことから、栞ちゃんの声と手つきも次第に激しいものに変わってゆきます。
ずりゅ……ずりゅ……ずりゅ……。
「きゅんっ……ズッキーニさん、おしりこすってるよぉっ……」
 こうなってくると留まるところを知らない栞ちゃんの手は、次の獲物として先細りの人参を選びました。
めりゅ……めりゅ……めりゅ……。
「にんじんさん……太くって……栞のお尻、いっぱい広がっちゃうぅ……」
 先っぽは細いのですが、挿し込んでゆくにつれて直径も増してくる人参のこと、限界近くまでお尻の穴を広げても、さすがに半分から先は入りきらないようです。
 それでもオリーブオイルの効果も味方して、直径5cmはゆうにある人参も、栞ちゃんのお尻にかかっては形無しなのでした。
「いくら栞でも、大根さんにはまだ勝てないかな」
 受け取った人参を薄くスライスしながら、お味噌汁用に取っておいた大根と広がりきったお尻の穴とを見比べていたお兄さんの言葉に、ちょっぴり残念な気持ちになった栞ちゃんですが、さすがに大根はまだ早いようです。
「大根さん……入るようになるかなぁ……」
 ようやく起き上がることができた栞ちゃんの第一声に、お兄さんは「そのうちね」と笑って、今度はヘタを取ったプチトマトをボウルに入れてよこしました。

 もはや手順を訊かなくても、どうしなければならないかを察した栞ちゃんといえば、合計6個のプチトマトを3個ずつ両手に取ると、その場でしゃがみ込んで、
「んっ……」
 なんて、1個1個、お尻の奥へと入れていったではありませんか。
 これまでの野菜とは違って、ぬるぬるした指では掴み出せそうにもありませんから、大丈夫なのでしょうかと心配になります。
 けれど、お兄さんが見ていてくれるなら、どんなことでもできちゃう栞ちゃんのこと、空のボウルに跨って「ん〜っ」と息みはじめました。
「ちゃんと見ててあげるから、頑張れ」
 同じようにしゃがみ込んだお兄さんの視線が、その瞬間を見届けようとしていることを背中ごしに感じながら、『う』の発音をするみたいにお尻の穴を突き出させた栞ちゃん、
「ぅんんっ!」
 ぷりゅっ!
 まずは1個、無事にプチトマトを産卵(?)したのでした。
「栞、あと何個?」
「ご……5個ぉ……っん!」
 ぷりゅぷりゅっ! 
 続けて2個目3個目を連続して産んだ栞ちゃん、肩で大きく息をついていることからも、かなりの重労働だということが窺えます。
 ボウルの中には、オリーブオイルにまみれたプチトマトが3個、蛍光灯の光をつやつやと照り返させています。そこに4個目が加わったのは数十秒後のことで、5個目が加わったのは、さらにそれから数分後のことでした。
「んー……これは指じゃちょっと無理かな」
 おわかりの通り、残り1個がどうしても出てこないとあって、とうとう助け舟を出したお兄さんも、直腸の奥まったところに潜り込んでしまったものを掻き出すのは至難の技だと思い知ったようです。
「ど、どうしよう……トマトさん、一人だけ仲間外れになっちゃう」
 泣きそうなお顔でエプロンの裾を握り締めている栞ちゃん、このまま出てこないことよりも、おなかの中に残ったままのプチトマトのほうが気がかりなようで、そんな子供らしい思いやりにこそ、お兄さんは参ってしまったに違いありません。
「……よし、秘密兵器の出番かな」
「ひみつ……へいき?」
 目をぱちくりさせた栞ちゃんに、任せておいてとばかりにお兄さんが取り出しましたるは――。
「マヨネーズ!」
 だみ声っぽく宣言したところから察するに、ドラえもんの真似をしたつもりだったのでしょうけれど、一方の栞ちゃんはきょとんとするばかり。
 いったい、この状況を秘密兵器とやらのマヨネーズがどう救ってくれるのか――精一杯の想像力を駆使したところで、「あっ!」なんて大声を上げてしまった栞ちゃんです。
「でも……そんなの……もったいないよ……」
 頬っぺたのあたりが赤くなっていることからして、もったいない以外にマイナスの感情は働いていないようですが、それもお浣腸の味を占めてしまったからこそ。
 そう。マヨネーズでお浣腸して、プチトマトを助け出そうというなんていう救出作戦は、この二人だからこそ思いつくところなのです。
 でも、そのためだけにマヨネーズを使うなんて、若干6歳の道徳心が許すはずもなく、いくら大好きなお浣腸とはいえ、どうしても決断できずにいる栞ちゃんでした。
「大丈夫。これにすればいいから」
 さすがは年の功と言うべきでしょうか、そんな反応も見越した上でお兄さんが差し出したものは、栞ちゃんが下ごしらえした野菜たっぷりのサラダボウル――。
「えぇえぇえぇえっ!?」
 この大雨でなければ、お隣にまで聞こえてしまいそうな大声ですが、無理もありません。
 レタスを敷いて千切りキャベツを土台にしたサラダボウルは、見た目も綺麗に盛り付けられていて、お兄さんがせっかく作ってくれたものなのに、そこにお尻からマヨネーズをぶりっとやっちゃうわけですから、栞ちゃんの気持ちも理解できます。
 マヨネーズでお浣腸されることより、むしろそっちのほうが気がかりで、余計パニックに陥っている栞ちゃんに、お兄さんはとどめとばかりに、
「あーあ、今頃おなかの中で、プチトマトさんがどんな思いをしてることか……」
 なんて、しんみり言っちゃってくれるものですから、いよいよもって追い詰められてきました。
 しかも、このサラダは当然この後のメニューになるわけで、お尻から出したものを口にするなんて、そんなのあまりにも『ヘン』すぎます。
「……お兄ちゃん、やっぱり――」
「――栞が味付けしてくれたんなら、きっと美味しくなると思うな」
 断ろうとしたとたん、そんな風に言うなんて反則もいいところ。
 これまでの経緯からしても、結局はお兄さんの思い通りになってきたわけですから、最初から勝負は見えているというか、そもそも勝負になっていないというか――。
 その上、囁きついでに耳たぶなんかも甘噛みされて、ぞくぞくした感覚が背筋を駆け上がってくるままに、体はもう逆らえないところまできていました。
「栞……」
ねちゅ……れりゅ……。
 耳の穴に舌を挿し込まれて、とうとう栞ちゃんもギブアップ――自分でお尻を割り開くと、お兄さんにとってはお待ちかねとも言えるおねだりをしたのでした。
「マヨネーズで……いっぱいお浣腸して……」

 語尾は震えて声らしい声にはなっていなかったものの、キャップの外されたマヨネーズの容器がお尻の穴に触れてきたので、お兄さんにはきちんと伝わっていたのでしょう。これまでと違って、液体よりは半固形物でお浣腸されることに、さすがの栞ちゃんも緊張気味のようです。
ブリュッ……ブヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュヂュ……。
「はっくぅっ! ……つめたいよぉっ!」
 冷蔵庫に入れられていたわけですから、お尻の奥からずーんと冷たさを伝えてくるマヨネーズの何とも形容し難い感触に、栞ちゃんはぶるっと全身を震わせました。
「我慢我慢。おなかの中でちゃんと温めて、それからだからね」
 なんて言いながら、いったん空になった容器を外したお兄さんでしたが、そこでまた何を思ったのか、
プシュ――ッ! ……ごびゅうっ!
 しぼんだ容器に息を吹きかけて元通りにすると、今度は空気だけを送り込んできたではありませんか。
「ひゃうぅうっ!?」
 おなかに空気が入ってくる異様な感覚に、今度こそ飛び上がってしまった栞ちゃん、そんなことをされたら、出すときにどんな風になってしまうことやら。
「……いじわるぅ」
 涙目になって訴えると、こんなときだけ優しくしてくれるのですから、お兄さんってばずるすぎます。栞ちゃんの両足を抱えて、「好きだよ」とか「可愛いよ」なんて囁きかけながら、自分は高みの見物なのですから。
 でも、それで気をよくしてしまう栞ちゃんにも困ったものです。そんなだから、お兄さんの意地悪も激化するってことに、気づいているんだかいないんだか。
ぶっ……ぷっ……ぷひっ……。
 マヨネーズならともかく、さすがに空気が漏れるのだけはどうしようもならないお尻から、おならみたいな音がひっきりなしに聞こえていましたが、恥ずかし さと気持ちよさが一緒になってしまった今となっては、それは前奏にも似た心地よさを与えてくれるものでした。
「栞の可愛い音、聞かせてくれるね?」
「ぅん……うんぅっ……恥ずかしい……恥ずかしいよぉっ……」
 厳密にはおならではありませんでしたが、どれほどの違いがあったことやら、両足を小刻みに痙攣させて、ついに栞ちゃんはソロで合唱を始めてしまいました。
ぶっ! ぶりゅっ! ぶびびびっ! ぶりゅりゅっ! ぶびっ! ぶびびっ!
 耳を覆いたくなるような破裂音に合わせて、飛び散ったマヨネーズがサラダボウルに不可思議な模様を描いてゆくのが見えます。
 アスパラやきゅうり、ズッキーニに人参、プチトマトはもちろんのこと、輪切りのゆで卵やシーチキンにも余すところなく降りかかるマヨネーズの匂いと、お尻の穴をビブラートさせるはしたない音に、栞ちゃんはくらくらしっぱなしでした。
ぶびゅっ! ぶりゅっ! ぶりゅぶりゅっ! ぶぷぷ……ぷりゅっ!
「っあ……出たぁ……」
 何回目かも忘れてしまった音に続いて、ようやく最後の1個が飛び出してきたことで、何はともあれほっと一息の栞ちゃんでしたが、
「すごい音だね……雨にも負けてないよ」
「やぁ〜んっ!」
 笑いを押し殺したようなお兄さんの言葉に、じたばたと足掻いてみせたところで後の祭り。
 怒りたい気持ちはあるのに、とめどなく出てくるおならっぽい音がおかしくて、ついつい自分でも笑ってしまった栞ちゃん、つられて笑い出したお兄さんも一緒になって、キッチンにはいつまでも笑い声(とおならっぽい音)が響いていました。

 ご飯だけはあらかじめ炊いてあったものの、それ以外はこの晩御飯のために作られたメニューは、素朴ながらとっても美味しいものでした。
 材料だけは作り置き(冷凍保存)していおいたというお手製のミニハンバーグも、大根とワカメのお味噌汁も、それからもちろん、栞ちゃんの頑張りが一役買っている特製サラダも、これまで食べたどんなものよりも美味しく感じられました。
 とはいえ、お尻に入れたものですから、最初はそこそこ抵抗のあった栞ちゃん、おっかなびっくりお箸をつけて、意を決してぱくっとやったわけですが、お昼 からずっと続いていた空腹感が満たされてゆくにつれて、そんなことすら気にならなくなってしまったようです。
「栞、おかわり」
「はーい♪」
 晩御飯もたけなわ、お兄さんから空のお茶碗を受け取って、電子ジャーからご飯をよそって返す何気ない幸せは、おままごとでは決して味わえるものではありませんでした。
 グラスボードに向かい合って座って、一緒にご飯を食べるというのは、お家でもなかなか機会がないだけに、いつもよりお箸が進むのも早いような気がします。
「なんだか嬉しそうだね」
 自然とにこにこ顔になる栞ちゃんを見つめているお兄さんの目も、いつにも増して優しさが溢れているような気がします。
「うん。あのね……なんだか、お兄ちゃんのお嫁さんになったみたい」
 ぽろり。
 はにかんだ笑みで返す栞ちゃんのあどけなさに、思わずお箸を取り落としてしまったお兄さん、見る見るうちにお顔が真っ赤っかになってしまいました。
「お兄ちゃん……?」
 きょとんとした瞳で見つめ返してくる栞ちゃんったら、自分がそうさせたなんて自覚はまるでないようです。
「……あと十年もしたら、栞も一応は結婚できるんだよね」
「そうなの?」
「そうだよ。……そのときにならないと何とも言えないけど、ね」
 たかだか六年しか生きていない栞ちゃんを相手に、喉元まで出かかった言葉をお味噌汁と一緒に飲み込んで、お兄さんは拾い直したお箸をお手拭きで拭いました。
 いくら同意のもととはいえ、十歳以上も年齢差のある女の子に対して、自分は何をやっているんだろうか――エッチのときならいざ知らず、こうして年齢相応 に振る舞う栞ちゃんを見るにつけ、魚の小骨みたいに心に引っかかるものがあることに、お兄さんは前々から感づいていたのです。
 このまま、たとえ栞ちゃんがそれを望んだとしても、この非日常的な関係を続けるべきなのかどうか。
 いっそのこと、何もかもをなかったことにして、ごく普通の女の子として、それらしい日常に戻してあげるべきなのかどうか。

 ぱたんとお箸を置いて、本当に栞ちゃんが今のままでいいのか、仮にこの関係を断ち切るにしても、それをどんな言葉で切り出せばいいのか、考えがまとまらずにいるときに、
「じゃあ、十年たったら、栞、お兄ちゃんのお嫁さんになるね」
 無邪気にもそんなことを言ってきたものですから、危うくお口に含んでいたお味噌汁を吹き出しそうになったお兄さんです。
「し、栞……! ちゃんと意味わかって言ってる!?」
 思わず怒ったような声になってしまいましたが、一度言ってしまった言葉は撤回できるはずもありません。
 その迫力に、ちょっぴり首を竦めてみせた栞ちゃんですが、思いのほかしっかりと見つめ返してきたことで、お兄さんはそれ以上何も言えなくなってしまいました。
「だって……お兄ちゃん、栞のこと、ずっと可愛がってくれるって――」
 非難するでもなく、事実を淡々と述べる栞ちゃんの瞳は、初めて会ったときにはなかった力強いものを秘めて、きらきら輝いているように見えました。
「それは……そうだけど――」
 そう告げたときの気持ちは、今でも覚えています。
 栞ちゃんがそうであるように、自分もまた、いつの間にか栞ちゃんに夢中になっていたことに気づかされた、あの日――。
 だからこそ、今のうちに言っておかなくてはならないと、お兄さんは嫌われてしまうのを覚悟の上で、重い口を開きました。
「……でも、意地悪なこと、いっぱいするかも」
「うん」
「……ものすごく恥ずかしいことも、させるかもしれない」
「うん」
「……栞が嫌がることも、平気でするんじゃないかな」
「うん」
「……栞はそれでも平気なの?」
「うん」
「……どうして? どうして『うん』って言えるの?」
「お兄ちゃんだから。……意地悪されたら、恥ずかしくって泣いちゃうかもしれないけど……けど、嫌じゃないもん」
 同じようにお箸を置いて、真剣に応えてくれる栞ちゃんに、お兄さんはしばらく厳しい顔つきをしていましたが、
「参ったな……栞には敵わないや」
 やがて頭を掻いて、ある意味では自分よりも上を行っている栞ちゃんに笑いかけると、
「じゃあ、まずはお茶を淹れてもらおうかな――お嫁さんだったら、当然できるよね?」
 なんて、早くも亭主関白ぶりを発揮してみせたのでした。
「うんっ♪」
 日舞のお稽古の後でお手伝いをしますから、お茶を淹れるのはそれこそお茶の子さいさいな栞ちゃん、戸棚から手際よく急須やら湯呑みやらを準備して、いそいそとお茶の仕度を始めました。
 何気ない会話の中で、自分の将来を決めてしまったことに気づくのは、いったい何年後のことになるのやら――それでも、今夜が忘れられない夜になることは間違いなさそうです。
 だって、時計の針は九時をちょっと回ったばかりなのですから、長い夜は今まさに始まりを告げたといっても差し支えないでしょう。
 おやすみにはまだまだ早すぎますから、気持ちを通い合わせた二人が、このままどうなるのかを追っていきたいところではありますが、このへんでひとまず、小休止することにいたしましょう。



中編につづく